城山三郎を読んで


e0071319_114957.jpg昨日、沖縄が梅雨明けしたとの報道を耳にし、みやこんじょの梅雨明けはいつになるのやらと、羨ましい気持ち半分、暑中見舞いも半分、という感じの今日この頃・・・・(笑。
今年は一体、どんな夏になるのやら・・・・。

「晴耕雨読」という culture の語源っぽい生活とは程遠い(笑、照っても降っても営業外回りの日々ですが、そんな中1ヶ月ほど前から読み直しているのが、城山三郎氏の著作です。

学生時代から、城山氏の名前だけは知っていたのですが、「経済小説」という分野に対して敷居の高さや縁の無さを感じ未読のままでいたところ、昨年氏の訃報に接しました。
その時に、氏のプロフィールを知る機会があり、また小説家の藤沢周平氏や「戦艦武蔵」の著者である吉村昭氏と同年生まれであることを知り、急に興味を感じて読み始めたのでした。

東京裁判で絞首刑を宣告された7人のA級戦犯のうち、唯一の「文官」だった元首相広田弘毅の、「戦争責任の取り方」とその生き様を初めて世に知らしめた「落日燃ゆ」、足尾鉱毒事件と田中正造の生涯を世に知らしめた「辛酸」など、城山氏ならではの「人選」をした作品だと思います。

この世代の作家達が共有した体験、それを踏まえて出てきた「モノの見方・考え方」は、風化しかけた記憶を呼び覚まし、同じ轍を踏まない為に、これからもっと重要になると思います。

映画監督の伊丹万作氏(伊丹十三氏の父)が戦後書かれたエッセイに、
「『私も騙されたんだ』と言えば、被害者面すれば、罪を免れると思っている人が多いようだが、騙された方も騙した方と同罪である」
という趣旨のものがあります。
一方、過労死や、仕事の悩みから鬱病になって自殺、などという悲報を見聞きすると、「真面目」な「責任」感の強い方だったのだろうな、と哀悼の念が湧くと同時に、「思い込み」に気付かないままだったのではないか、とも思ってしまいます。

大きな無責任」に対抗するには、魯迅風に言えば「嘘をつく」「疑う」「逃げる」という3つの「武器」が必要、と思う今日この頃です。
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by syotikure | 2008-06-18 03:19 | 趣味(その他) | Trackback | Comments(0)
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