山間の窯 1 ~小鹿田焼祭り~

この週末、大分県は日田市の小鹿田(おんた)焼祭りに行ってきました。
宮崎道から九州道に入り、鳥栖JCTから大分道に乗って杷木ICで下り、看板に従って山中の道を走っていくと、舗装はしてあるものの林道にしか見えない細い道へ引き込まれ・・・・。
対向車が来たらアウト、という山道を走っていくと、前が開け、駐車場誘導の人が見えてきました。


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山間の村内、のどかな風景の中に、登り窯があちこちに作られていて・・・・。

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巨大な鹿おどしのような、水の力で土を搗く「唐臼」(からうす)・・・・。
正確な間隔で、木の軋むような音、続いて「ドン」という杵が臼を搗く音が聞こえてきました。

土採り場から運ばれた土を10日程乾燥し、更に2週間かけて唐臼で搗きあげるそうです。





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唐臼で搗かれた土を水にさらし、ゴミや小石を採り除いた後、水を抜いてこのような粘土の姿に。
ここまでに約1ヶ月かかるとか・・・・。

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素焼きの鉢の中で、日光浴をしているかのような粘土たち・・・・。
小鹿田の里を、象徴しているかのように見えました・・・・。


e0071319_22424898.jpg十数軒ほどの山間の村に、びっくりする程の人出がありましたが、このように作られ、窯から出された素朴な民陶が、多くの人々を惹きつけるのも分かるような気がしました。
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by syotikure | 2007-10-14 22:53 | 焼きもの | Trackback | Comments(4)
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Commented by 笹 一角 at 2007-10-15 06:44 x
ショチクレさん、おはようございます。
小生、焼きものについてなんの見識もない不風流者です。にもかかわらずこの山間の焼き物の里にはぐっときました。
唐臼。陶土の熟成。登り窯。モノをつくり出すために工夫に工夫を重ねた技術が生きて動いていることに限りなく感動します。
さて、今夜あたり窯から出されたばかりの製品の数々がアップされるのでしょうか。楽しみです。
Commented by 酎州大分 at 2007-10-15 20:02 x
ありがたや・・・日田も小鹿田焼の里まではるばるお出かけいただきましたか・・・やっぱ、都城からだとJH九州道、鳥栖経由の方が確かに早いでしょうね・・・。

小鹿田(おんた)焼・・・県境を一山越えた福岡県の小石原焼と起源は近いのかもしれませんが・・・小鹿田は何故か世襲の一子相伝的な家業民陶の里として、頑なにその伝統を守ってきた陶土製法と独特の飛びガンナと刷毛目などに代表される加飾技法と釉薬の色合いに魅力がありますね・・・。

このボッテリとした風合いがなんとも・・・地の酒をクイッとひやで呷るのには・・・この湯呑もお茶と兼用で好い酔い宵です・・・(笑)。
Commented by syotikure at 2007-10-15 22:44
>笹さん、こんばんは。

よくこんな山中に・・・・、という感じの民陶の里でした。
帰りは、日田市内を通って南下、熊本ICから高速に乗り、ずっと片側一車線の道で帰れましたので、さほど世俗から離れた幽境、といった感じはしませんでしたが・・・・(笑。

300年以上作り続けられてきた歴史、素朴さ、なかなかのものがありました。
Commented by syotikure at 2007-10-15 23:18
>酎州さん、こんばんは。

パンフレットによると、筑前の小石原焼の陶工・柳瀬三右衛門と、日田郡大鶴村の黒木十兵衛によって始められ、これに小鹿田地域の仙頭であった坂本家が土地の提供者として加わり、小鹿田焼の基礎が築かれた、とあります。
窯元の名字が「坂本」「黒木」「柳瀬」「小袋」の10軒あるのみですので、おっしゃるように、「飛びかんな」「打ち刷毛目」などの技法が、里外不出として伝えらてきた可能性がありますね。

今回は、「いかにも小鹿田」という焼きものではなく、素朴な風合いの焼きものが手元に残りました。
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