愛媛の旅-11 ~ 大洲の町並み ~


内子町をお昼過ぎに出てR56を移動中、台風の影響かスコールみたいな豪雨に出くわし・・・・。
大丈夫かな~と思いながら「大洲まちの駅 あさもや」に到着して外に出てみると、今度は一転強烈な日差しが照りつけ・・・・(笑。
城下町であり、また養蚕・製糸・木蝋で栄えたという大洲の町並み散策へ、日陰をたどりつつ出かけてみました・・・・(笑。

伊予大洲・加藤藩六万石のランドマークである大洲城と、下を流れるのは肱川です。
鵜飼い用らしき屋形船も、多く繋がれていました。
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ここで目を惹いたのが、この立派な堤防・・・・。
これだけ力の入っているものは、初めて見たような気がします。
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おおず赤煉瓦館。
明治34年(1901年)建造の元大洲商業銀行本館で、イギリス積みの赤レンガと、寄せ棟造りの瓦屋根が特徴になるようです。
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現在は、特産品販売所やギャラリーとして使われています。

1Fの特産品販売所を抜けると中庭があり、アーチ門も見え、なかなかいい感じでした・・・・。
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わかるでしょうか?
煉瓦を日干し中、好奇心に逆らえなかった子供が、ついつい触ってしまったらしい跡が・・・・(笑。
他にも何ヶ所か、小さな跡が見えました(笑。
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こちらは、古い通りの提灯屋さん。
提灯の色や大きさ、入れる字等の打ち合わせらしき話し声が、外の通りまで聞こえていました。商売繁盛で何よりです。
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同じ通り沿いの、虫籠窓のついた仕舞屋。年季が入っています。
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こちらのかなり年季が入った家屋の前には、小さな看板が立っていて、
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往時の家業が紹介されていました。

他にも、通り沿いに同じような看板が何ヶ所か立っていて、その建物の往時が判るようになっていました。
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こちらは、通称「おはなはん通り」。
昭和41年4月から1年間放送されたという、NHKの朝ドラ「おはなはん」のロケが行われていたそうです。
私が生まれる1年前の話ですね(笑。
ちなみに、向かって左側が武家地になり、右側の町人町からは出入りできないので、
家の最奥部にある土蔵が道に面して建ち並ぶ風景となっているそうです。
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明治時代に貿易商が建てたという、臥龍山荘。
時間の都合で中には入れませんでしたが、遠目に見ているだけでも中々贅沢な佇まいでした。
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大洲の町並みを散策して感じたのは、内子町とは町にスポットが当たった時期が違うのかな~ということで・・・・。
ちなみに内子町では、昭和50年にアサヒグラフでその古い町並みが紹介されて以降、
町並み保存の機運が高まっていったそうです。

後は、商人町と城下町の違いもあるように感じ・・・・。
こちらの大洲市は、平成16年に大洲城の天守閣を復元したそうで、前掲の立派な堤防等も含め、
城下町としてのカラーを出そうとしている感じもしました。

NHK「鶴瓶の家族に乾杯」で見て以来、どうしても食べたかったらしい
二葉屋さんの「志ぐれ餅」をお土産にして、すっかり嫁女も満足顔で・・・・(笑。
愛媛の旅の最後をしめ、フレンドリーな駐車場係の方々にも見送られ(笑、
臼杵行きのフェリーが出る八幡浜への帰途に着きました・・・・。
by syotikure | 2012-08-30 23:47 | | Trackback | Comments(2)
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Commented by keikansan at 2012-08-31 20:46
素敵な町ですね。
私もぜひこの町で景観散歩(普段なら見過ごしてしまいそうな風景に感動しつつ、風景の成り立ちや地域の歴史に思いをはせながら歩く)してみたいです。
Commented by syotikure at 2012-08-31 21:38
keikansan さん、こんばんは。

レンガの指跡、クイズ形式の看板が横に置いてあったので、何とか気付けました(笑。
女性の目線・発想から出た企画?のような印象を受けましたね。

大洲の町並み、内子とは逆の、あまり手が入ってないからこその雰囲気も感じました。
大洲は城と堤防等へ一極集中的に予算投下し、そういったランドマーク的な中心が目立たない(本芳賀家や上芳賀家はありますが)内子では、町並み自体に広く予算を使った、という感じもしましたね。
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