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小林市PRビデオ第2弾! と、暮れのご挨拶(笑


長いことブログをご無沙汰しておりまして(笑、暮れも押し詰まり(笑、2ヶ月も穴を開けるのもどうかと思っていましたら(笑、
小林市のPRビデオ第2弾が出来たと知り(笑、前回に引き続きご紹介を・・・・(笑。



まあ確かに(笑、山の中で遭難してやっと助けが!それも神様!と思ったら、言ってる意味が全然分からない、というのは・・・・(笑。
相手が人間だったら、言葉は通じなくとも、人情、ホスピタリティ的なもので(笑、ボディランゲージで道案内とか、
緊急避難的な処置も期待出来るんでしょうが(笑、神様がどこまで「下情」に通じてるかとなると・・・・(笑。
日本の神様達って(笑、なんか結構気まぐれというか(笑、「DQN」なところ?(笑 感じますもんね(笑。


この動画を見ていてふと思い出したのが、最近ネット上の記事で読んだ、「翻訳語」の定義、認識のいい加減さ です(笑。
“Freedom” を「自由」と訳したのは福沢諭吉と言われていますが、元々「自由」は中世では勝手気ままに振る舞うというネガティブな意味合いがあり、
諭吉は相当躊躇したと言います。“Freedom” には、「保護・規制の下での」という意味が含まれているからだそうです。
「社会」という言葉も、近代に入って “Social” を翻訳して出来た「造語」で、漢字圏では普通に使われているという「共産主義」という言葉も、
実は近代の「日本製」とも言われており(笑。
この記事によると、キリスト教圏で “Spirit” (=精神) は、土をこねて作った人形に(創造主の)神がこれを吹き込んで人間が出来た、から崇高で、
唯一神とのコミュニケーションを取る為のもの、という認識があるそうです。
この「精神」という言葉、実は明治期に “Spirit” を輸入(翻訳)する際にこさえた「造語」で(笑、日本古来から認識されてきた言葉、概念ではない、と(笑。
キリスト教圏では意味が明確だが、日本で「精神」主義となると(笑、大概ワケのわかんない方向に行ってしまうのは、この為ではないか、と(笑。
ちなみに、キリスト教圏での「精神修養」は、教会に行くことだそうで(笑。
あのラグビー日本代表の五郎丸選手が、TVで「メンタルは鍛えられない」と語っていましたが(笑、ラグビー日本代表のメンタルコーチを務められていた、
荒木香織氏の記事 もなかなか興味深いです。
「精神」という言葉(笑、日常的に当たり前のように多用され(笑、非常に重要な概念だと思うんですが(笑、
最近では「スピリチュアル」やら「(スピリチュアル)パワー・スポット」やら(笑、増々ワケのわかんない言葉、概念が増殖している感もあり・・・・(笑。
他にどんな言葉が、近代の翻訳でこさえた「造語」で(笑、本当の意味で共通「認識」されているのかと・・・・(笑。

価値観外交」等当たり前のように言われておりますが(笑、本当に「共有」出来てんのかどうも怪しく(笑、
お互い良いように「勘違い」してるだけなんじゃないの?という気もし・・・・(笑。
ま、人間関係自体、「勘違い」で成り立ってる面って確かにあり(笑、「国対国」の関係も、人間関係の延長線上にあるのは間違いないかと・・・・(笑。

ここ7、8年、日本の考古学や中世史、近世の文化史、社会史、思想史、また民俗学等の本を読むことが多く、
教科書に載っていなかった「日本人」「日本社会」の実像に出会うこと度々で(笑、実に面白く、「立脚点」の確認を迫られることも多いんですが(笑、
一方で、近代以降との「断絶」も痛感しています。
何を得た代わりに、何を捨てたのか、何故、そうなったのか、と。


今年は、仕事の関係で今まで経験のなかった角度から「世間」を眺める機会に恵まれ(笑、
来年はますます面白くなりそうな気配です(笑。

どちら様も、良いお年をお迎えください。


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by syotikure | 2015-12-31 13:36 | 諸々 | Trackback | Comments(2)

小林ちゅうとこは じょじょなとこじゃっち


ビールを飲みながら yahoo を見ていたら、意外な盛り上がりを見せていましたので(笑、

ご存じの方も多いとは思いますが、ご紹介を(笑。



宮崎県小林市 移住促進PRムービー "ンダモシタン小林"です(笑。

野尻の「西諸弁ポスター」も面白かったですが(笑、動画の威力もなかなか・・・・(笑。

グローバルと言われている時代に(笑、ローカルの魅力、ネイティブの凄味?(笑 を感じさせてくれます。

ちなみに、フランス人が、「陰陽石」をどうデッサンするのか、興味津々でした(笑。

字幕を出して見ると、更に面白いです(笑。

私が11年間住んでいた都城弁とも、微妙に違うような・・・・(笑。


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by syotikure | 2015-09-03 00:53 | 諸々 | Trackback | Comments(0)

そして恒例・・・・


今回の、旅のお土産です・・・・(笑。
左から、小鹿田焼の象徴的文様「飛びかんな」のそば猪口と盃、そして柿釉ぐい飲みと鉄釉ぐい吞みです。
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e0071319_20265152.jpgありそうでなさそう?な(笑、シンプルなそば猪口の造形に「飛びかんな」がいい感じです。

「飛びかんな」、滑り止めとしてもけっこう有効で、同じものを実家の老親達のお土産にしました。

e0071319_2027919.jpg複雑そうでシンプルな「飛びかんな」、盃にも合いますね。
生き残ってきた意匠ならでは、でしょうか。

e0071319_20272653.jpg見込みには白い釉溜まりがあり、変化が多いです。

e0071319_20274332.jpgこちらは、鉄釉の濃淡の微妙な変化・・・・。


小鹿田焼は、地域の共同体で作陶される為に、窯元さん毎の、いわゆる「窯印」が押されないと言われてますが、窯元さんそれぞれの個性は、たしかに感じられました。



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by syotikure | 2015-05-07 20:59 | 焼きもの | Trackback | Comments(2)

G・W-3  ~ 小鹿田(おんた)焼 ~


天ヶ瀬温泉を出発して、同じ日田市内の小鹿田(おんた)地区へ向かい・・・・。
といっても、平成の市町村合併で日田市は相当広くなっており、天ヶ瀬から小鹿田まで30km以上離れていて、
以前からの懸案事項であるチャーハン皿と(笑、つい最近叩き割ったやちむん皿の代わりを探しに(笑、
嫁女が旅程を組んだのでした。

帰ってブログを見直すと、前回 から約7年半ぶりの訪問でした。
新しく小鹿田焼陶芸館という展示資料館が出来ていましたが、それ以外は前回訪れた時のままのようで・・・・。
着くまで知らなかったのですが(笑、この日はG・Wに合わせ「唐臼祭」が開催中で、山間の静かな里に大勢の人出でした。
時々山間の静寂を突き破る(笑、焼きそば屋のお兄ちゃん達の鬨(とき)の声も(笑、前回は無かったように思います(笑。
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この風景、前回も撮った記憶があり・・・・(笑。
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帰ってブログを見直したら、このアングルも撮ってました(笑。
これぞ変わらぬ風景、変わらぬ魅力、といったところでしょうか。
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雨のそぼ降る中、古い民家に、小鹿田焼がよく馴染んで見え・・・・。
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今回、小鹿田焼らしいシンプルなものや、民陶にしては割とざっくり仕上げてあるものに、目を惹かれました。


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by syotikure | 2015-05-06 20:23 | 焼きもの | Trackback | Comments(2)

G・W-1  ~ 大分・湯平温泉 ~


今年のG・W、2週間前になっても何の予定も立てておらず(笑、どちらからともなく、どっか行こうか、という話になり・・・・(笑。
それからネットで探し、かろうじて熊本県の芦北方面の旅館を予約出来、とりあえず一安心していたところ、
翌朝8時過ぎに見知らぬ番号から電話があり、出てみると「ネット処理に手違いがあり、もう部屋が空いておりませんで・・・・」
という断りの電話・・・・(笑。
新緑の季節を迎え、我が家の庭の雑草も伸び放題(笑、「G・Wは、庭の草むしりやね~」と言ってたところ(笑、
ウチの嫁女が何をどうしたかG・W10日前になって宿泊先をおさえ(笑、珍しいことに旅程まで整え(笑、
急きょ大分1泊2日の旅が決まりました(笑。

繋がったばかりの東九州道を北進し、パークプレイス大分で4時間程右往左往した後は(笑、
嫁女がおさえた宿泊先、日田市の天ヶ瀬温泉へ向かって国道210号線を西に走り・・・・。

高速を使わなかったのは、途中、この湯平温泉にちょこっと寄ってみたかったからでした。
私は5、6年前仕事の途中にフラリと立ち寄って(笑、その佇まいや雰囲気が分かっていましたが、
次回の旅(宿泊先)の候補に入れるかどうか、嫁女にちょっと見せておこうかと・・・・。
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温泉の歴史は鎌倉時代までさかのぼるそうで、江戸後期に作られたという石畳沿いに温泉旅館が並び、
変わらぬいい感じの雰囲気でした。
映画「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」の舞台になったことでも有名ですね。
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こんな感じの共同浴場が、5軒ほどあるようです。
浴衣姿のカップルや家族連れが、下駄を鳴らして散策している姿も見かけました。
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2階建て?の上階部分に、浴室があったことがうかがわれます。
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e0071319_20592951.jpg石畳通りの入り口近くに立っていた、山頭火の句碑です。

昭和5年の11月10日、11日に湯平を訪れ、山、水、湯、宿全て気に入ったようで、
「よく飲んでよく食べて、よく寝た、ほんたうによい一夜だった」
と「行乞記」の一節が刻まれていました。



ちなみにウチの嫁女は、この風情ある石畳通り、の勾配が(笑、ちょっとネックのようでした・・・・(笑。

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by syotikure | 2015-05-04 22:41 | | Trackback | Comments(0)

連休―2 ~ 「日向往還」沿いの石橋群 ~


「唐津くんち」の影響か、唐津周辺は宿泊先の空きが少なく、また往きとは違う道を通って帰るのに、
どの辺に泊まるのが便利か色々検討してみたところ、意外に熊本の八代辺りが観光地等近場になくて混まず、
帰るのにも比較的近いから良さそうだということで、その日のうちに高速で八代まで移動して市内のホテルで一泊・・・・。

翌日、特にどこへ行くあてもなかったので(笑、R3からR443へ右に入り、
道沿いの熟した柿などを眺めながらのんびり走ってると、「日向往還」R218に突き当り、
右折して美里町という町を抜けた辺りで、左手に大きな石橋が見えてきました。

江戸後期、弘化4年(1847年)架橋の、霊台橋(れいたいきょう)です。
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案内看板の説明や ウィキペディアの解説 によると、
「この場所は緑川本流の最大の難所(急流)で、木橋も架けられたが再三流失したことから、惣庄屋の篠原善兵衛が石橋の架橋を発案、
自らも出資して種山石工の卯助に建設を依頼し、卯助は兄弟の宇市、丈八、地元の大工・伴七と供に弘化3年(1846年)工事を開始、
参加した大工の数72人、地元住民の協力延べ43,967人にのぼり、翌年の弘化4年(1847年)当時としては
前例の無い大きさの石橋を完成させた。
梅雨と台風が来る季節を避けて造られた為、わずか6~7か月の工事期間であり、地元農民の協力で予定より早く工事が終わったことが、
中国の古典『孟子』の中の文王霊台建造の話に類似すると考えた篠原善兵衛は、この故事にあやかり『霊台橋』と名付けた」
ということです。

右側奥に見える鉄骨製の新霊台橋がかかるまでは、石橋の上に更に石垣を積んで道を平らにし、バスやトラックなども通っていたそうで、
当時の 種山石工 の技術の高さがうかがえます。
写真を撮ってる時は気付かなかったんですが(笑、手前にもう一つアーチがあって、川沿いを行き来するのに作られたもののようです。
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対岸からの眺め。
橋の横には、重厚で頑丈そうな二段の石組も見えます。
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案内看板によると、この美里町には全部で38の石橋があるということだったので、
特に予定もないことだし(笑、主だったものだけでも見て回ろうかということに・・・・。

次に向かったのがこちら、同じく江戸後期の文政12~13年(1829~30年)架橋の二俣橋です。
奥にアーチが見えるのが分かるでしょうか。
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2本の川の合流地点にL字型に並ぶ双子の橋で、形、大きさ、造りがほぼ同じというのは全国でも珍しいそうです。
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ちなみにこの橋、
「10月から翌年2月にかけて、午前11時半から正午くらいまでの約30分間『ハートマーク』が現れ、
2年前、静岡市のNPO法人が、プロポーズにふさわしい『恋人の聖地』に認定。カップルに人気のスポット」
だそうで。(朝日新聞デジタル版2013年11月18日
「ただし、名称は『フタマタ』ですが」
というオチまで付いてました(笑。
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嘉永2年(1849年)架橋の、大窪橋。
田畑の中に、こんもりとかかっていました。
橋のたもとには桜が立ち、春先の光景を想像させました・・・・。
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by syotikure | 2014-11-04 21:26 | | Trackback | Comments(2)

北九州行―2 ~ ボストン美術館浮世絵名品展 北斎 ~


小倉で1泊し、朝から向かった先は、北九州市小倉北区にあるリバーウォーク北九州
ショッピングモールから映画館、結婚式場、NHK北九州放送局、朝日新聞、郵便局、北九州芸術劇場、北九州市立美術館分館、
大学まである大型複合商業施設です。
下の写真は、リバーウォークの5階から眺めた小倉の街並み・・・・。
このリバーウォーク周辺はスッキリとした街並みが続き、私が以前持っていた、かすかに硝煙の匂い漂う「北九州、小倉!」の
イメージとはかなり違いました(笑。
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今回リバーウォークを訪れた目的は、こちら「ボストン美術館浮世絵名品展 北斎」。
最終日とあって大賑わい、ちょっと喧しいぐらいでした(笑。
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有名な「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」、「同 凱風快晴」(通称「赤富士」)の構図の迫力、
この時代に使われ始めた「青」の見事さをはじめ、
「同 江戸日本橋」に見える江戸の町の繁栄ぶり、
「同 駿州江尻」の道行く旅人達の一瞬と泰然自若の富士との対比、
「同 遠江山中」に見えるこの時代の木挽きの卓越した技術、
琳派の手法を取り入れた「諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧」、
ポスターにも使われている風にたなびく「芥子」の見事さ、
「百物語 こはだ小平二」の表現力と造詣の深さ、
「柳に烏図」の描写力とリズム感等々、目移りするほど見所満載で、
色抜けや飛びを防ぐ為に落とし気味の照明のせいもあって、目が痛くなるほどでした(笑。
以前から、北斎の作品に登場する人物の躍動感は凄いな~と思ってましたが、
今回、花鳥版画の素晴らしさにも気付かされました。

また、法大教授・田中優子先生の著書で、「更紗」や「嶋」(縞)、「唐桟」等の柄が、
江戸時代に外国(主にインドやヨーロッパ)から輸入されて流行し、後に国産化され定着した歴史を知り、
登場人物が多くなるほど多種多様に、呆れるほど(笑 きめ細やかに刷られた着物の柄も楽しめました。

江戸の町人文化の「見事さ」「洒脱さ」「豊饒さ」「贅沢さ」に、どっぷりと浸かることの出来た3時間でした。

近代に入って、「野蛮人」や西洋式「権威」主義者達によって一時は見下されたものの、
価値の判る「外人」によって評価され、国内でも慌てて再評価された(笑 江戸期の町人文化って、
他にもまだまだあるのかもしれません。


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by syotikure | 2014-09-02 22:43 | | Trackback | Comments(0)

酒器を収める


今回の引っ越しで、思っていた以上の大荷物になったのが、いつの間にやら200本以上貯まった焼酎と(笑、ぐい呑みや徳利等の酒器類・・・・。

持っててもこの先多分飲まないだろうな~、と思われる芋焼酎系を十数本チョイスし(笑、都城でお世話になった人に差し上げ、
残った四合、五合瓶を段ボールに詰めたところ7箱となり(笑、渋る引っ越し便にとりあえず積んでもらいましたが(笑、
一升瓶は専用ケースに入れてもらわないと無理、ということだったので、何とか自力で運びきり・・・・(笑。
幸い酒器の方は、段ボール2箱ほどで収まりました(笑。

引っ越してきた新居では、待望の書斎?が持てたんですが(笑、10箱近い段ボールが、収納先未定のまま放置状態・・・・(笑。
とりあえず酒器だけでもどうにかしよう、とあれこれ思案し、暇があればネットショップやオークションサイトを覗き、
本日何とか収まったのが、下の写真です(笑。
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ほとんどの酒器が備前や唐津、萩、美濃、伊賀、やちむん等のいわゆる「土もの」で、雰囲気的に合いそうなものに並べたいところですが、
ネットショップで見る限りどうも新しいものでは浮きそうで、また、それなりにかければそれなりのものが手に入るのは当たり前(笑、
それにかけるぐらいなら、いい器と美味い焼酎・酒にかけた方がマシ、ということで(笑、全てネットオークションで揃えました。
仕切り棚が千円(笑、箪笥は3千円(笑、右側のお銚子入れ?も約3千円でした。

オークションを見ていると、茶道用の茶箪笥や中国風(煎茶用?)の水屋、船箪笥、民芸調のケヤキ箪笥、ちょっと変わったところでは刀箪笥等々、
いい感じのものが結構出てましたが、千円で始まったものが締め切り時には軽くン万円になり、やっぱりいい物はみんな見逃さないな~と・・・・(笑。

そんな中、出品価格のまま手に入れることが出来たこの箪笥、水屋にしてはちょっと背が低い感じで、元々何箪笥なのか想像つかないんですが、
年代物らしい落ち着いた雰囲気で、表には一枚もののケヤキっぽい木が使われ、作りもしっかりしていてほとんど痛みも無く、
ま、うまいこといい出物をゲット出来たかな~と・・・・(笑。

残るは焼酎7箱(笑、押入れは既に満杯状態なので、何とか「アル中?」と思われないよう(笑、いい感じで収めたいもんです・・・・。


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by syotikure | 2014-05-24 21:43 | 趣味(その他) | Trackback | Comments(6)

綾の魅力


先日、仕事で綾町を通りかかって、少し時間があったので「綾ほんもの手づくりセンター」(地域物産館、道の駅的な場所)に立ち寄り、
ブラブラしていると、このポスターが目に入り・・・・。

e0071319_21225498.jpgそういえば、G・Wはすぐ目の前なのに、今年は引っ越し後の片づけやら仕事やらでバタバタしていて、何の予定も立ててないことに気付き・・・・(笑。今更予約も無理そうで(笑、今年は近場でゆっくりすることになりそうかな~と・・・・。
プライベートで綾を訪れたのは、10年ぐらい前「酒仙の杜」の新焼酎の蔵開き以来だし、候補に入れとこうかなとポスターを見ていると、産業観光案内所の方から「中にもパンフレットありますから、どうぞ~」と声をかけて頂いたので、案内所の中に入り色んなパンフレットを手に取ってみました。

以前から綾町には、有機農業の先駆、そして宮崎県内では異色の、手工芸、「ものづくり」の町、という印象がありましたが、諸パンフレットによると、現在綾町内には、染織工房が4軒、木工関係(漆器や家具他)の工房が約20軒、陶芸やガラス工房が10数軒あり、有名なところではガラス工芸の「現代の名工」黒木国昭氏など、沢山の工芸家の人びとが仕事をされていることを、改めて知りました。

先日の屋久島出張の際、あるNPO法人の代表の方から、「宮崎の綾は、ユネスコのエコパークに登録されていますが(国内では他に「屋久島」「大台ケ原」「志賀高原」の3ヶ所)、その取り組みは、模範モデルとしてユネスコが世界に紹介しているんです。綾はすごいですよ、世界の模範なんですから。屋久島の方も、色々と交流させてもらっています」と伺っていて、以前世界遺産の件で故・筑紫哲也氏が綾に来られていたことも記憶にあり、何だかすごいことになってるんだな~と思っていました。

佐々木高明著「照葉樹林文化とは何か-東アジアの森が生み出した文明」(中公新書)では、東アジアの照葉樹林地帯の、
言語の差異を越えた共通の文化(ハンギング・ウォ―ルと高床、絹、漆工芸、竹細工、モチ・餅米、菌を使った加工食品群、コンニャク、歌垣、他)が
紹介されています。ここ数年TV等でも、日本人と中国やタイ、ベトナム等に住むモン族との共通性が取り上げられたりしてますね。
日本の基層文化の原郷・照葉樹林の森が今も息づく綾は、文献史料が役に立たない「人間の営みの歴史」を「温故知新」している町、
なのかもしれません。



そういえば以前、「川喜田半泥子と人間国宝たち展」での印象をアップした時(その後、著作権に問題があるような気がしたので非公開扱い 笑)、
TBして頂いていた綾の陶芸家の方を思い出し、窯元に行ってみようかと・・・・。

訪れたのは、陶房八十一さん。
HPでは、「白さつま」の器や、綾の土を釉薬に入れた器などが印象的でしたが、
直接うかがってみると、焼き締めや、わら灰釉をつかった器なども作られていました。

下の写真は、今回手に入れた、わら灰釉の湯呑と、綾の土を使った焼き締めのビールカップです。
指の跡が残った器は、唐津焼等でもよく目にするんですが、大体高台回りに残っていることが多く、
こういう鷲掴み?(笑 をアクセントにしたものは初めて見ました。
焼き締めの方は、穏やかな窯変具合が、なんだか宮崎の県民性ぽくっていいな~と。
また、写真ではパッと見分かりづらいかもしれませんが、持ちやすく手に馴染みやすい絶妙のライン、Rです。
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e0071319_21205153.jpg陶房主催の興梠智一さんに色々話を伺っていると、唐津の 隆太窯 で修業され、また種子島の 種子島窯 にも窯焚きの手伝い等で行かれていたことが判り・・・・。
何だかここ数年、縁づいているようです(笑。
まあ、それだけあちこちで、中里隆氏の薫陶を受けたお弟子さん達が頑張られている、ということでしょう。

他にも、白さつまのフリーカップ(シーガイア・シェラトンでも使われているそうです)や、種々の青磁の器もいい感じで、何に使うか、(他の器と)どう取り合わせるか、どこに置くか等々考えてみましたが、手持ちの関係もあり(笑、次回以降のお楽しみに・・・・。


こちらは、興梠さんに教えて頂いて立ち寄った、同じ綾町の木工工房、「児玉工芸」さんの、地元・綾の欅(けやき)で作られたぐい呑みです。
木目、色合いが、いい感じです。
木の器は、一個として同じものが無いので、陶器(の選び方)に似てますね。
e0071319_21211395.jpg

当初は木のお椀が欲しかったのですが、一位樫(いちいがし)、山桜等の樹種や、器の形にも種類があって、ウチの嫁女の好みもあるし・・・・で(笑、
こちらも次回のお楽しみということで・・・・。
主催の児玉さんのお話では、地元の幼稚園でも使われているそうで、食器洗浄機で洗っているので3年ぐらいで剥げたところを塗り直しているが、
通常の使い方なら5、6年は大丈夫、ということでした。
修繕しながら、使い込んでいきたい器です。


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by syotikure | 2014-04-28 00:12 | 焼きもの | Trackback | Comments(0)

種子島といえば・・・・ ~ 種子島焼 種子島窯 ~


種子島といえば、普通は「鉄砲伝来の地」とかロケット打ち上げ、安納芋が思い浮かぶものなのかもしれませんが、
私的には今や、種子島焼です(笑。

昨年の出張の際、偶々 種子島窯 を訪れ、正面奥にかかった小山富士夫氏の額でその来歴を知って以来、
前回ご紹介した居酒屋「はちまん」さんと同じく、種子島に来たら何があっても(笑 立ち寄りたい場所となりました。

前回 はフリーカップや湯呑でしたので、今回は酒器をメインに・・・・。
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e0071319_21154059.jpg中央の盃。

e0071319_2115595.jpg種子島の土に含まれる鉄分由来という濃いオレンジ色が、いい感じです。


e0071319_21162543.jpg向かって右端の焼き締め。
径7×高6(cm)と小振りなので、湯呑みというより、ぐい呑みで使いたい器ですね。

e0071319_21164865.jpgこの金属的な光沢も、種子島の土に含まれる鉄分由来だとか。
前回の焼き締めフリーカップ や、この種子島窯の野口さんの兄弟子、中里太亀氏の作品 にも同じ特徴が出ています。


e0071319_2117726.jpgこちらの小皿は、鉄釉がメインということで、若干飴釉のような茶味がかってます。

e0071319_21172898.jpg野口さんの息子さん達のフォローの賜物(笑、大事に使わせて頂きます。
機会があれば、組で揃えたいもんです。



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by syotikure | 2014-04-22 22:11 | 焼きもの | Trackback | Comments(0)