謹賀新年


新年、明けましておめでとうございます。

こちらは、ウチの嫁女が撮ってきた、初日が昇る日向灘・・・・。
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私は、目覚めてはいましたが(笑、年末からの腰痛で(笑、コロスケと共に自宅待機組?となりました・・・・(笑。
今年は年男でもあり(笑、波乱万丈の一年となるような気も致します・・・・(笑。

今年も、よろしくお願い致します。

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# by syotikure | 2015-01-02 21:13 | 自然 | Trackback | Comments(4)

連休―3 ~ 「日向往還」の「温泉宿」 ~


「日向往還」R218を北東に走っていると、山都町辺りで段々と腹が減り始め・・・・(笑。
折角この辺まで来てるんだから、ソバでも食べて帰りたいね~と、
うどん派の嫁女と解ったような解らないような合意に至り・・・・(笑。
道沿いの「道の駅」やお店は連休の人出でどこも車が多く、並んでまでソバ(うどん? 笑)を食べたくない二人連れは、
いつの間にか県境を過ぎて宮崎県へ・・・・(笑。

五ヶ瀬では特に店は目につかず、高千穂に入った辺りで相方が、昔うどん屋に行ったことがある、と言い出し・・・・(笑。
ハンドルは相方が握ってましたので(笑、そのまま車は高千穂の街中へ・・・・。
ただ、二十年以上前の記憶だったようで(笑、あちこち走り回って切り返し、後ろから来たバスに気を使って?
縁石に乗り上げながらUターンという荒技を駆使しながらも(笑、結局分からずじまい・・・・(笑。
腹が減っているとロクな結末にはならない、と多少は経験上解っている者として(笑、
とりあえず、多分うどんが食べられる所があるから・・・・と(笑、R218から急な坂道を下りて行ってもらいました・・・・(笑。

着いた先はこちら、日之影温泉駅 です。
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元々はTR(高千穂鉄道)の駅で、2005年の台風14号で五ヶ瀬川にかかった橋脚が流され、その後復興計画が立てられましたが、
結局2008年で路線自体が廃止となり、現在は第3セクターが運営する「温泉施設」となっています。
以前、オープン間もない頃に仕事で来た記憶があり、その時は、いい湯加減や風呂上がりのビールですっかりくつろいでしまい(笑、
列車に乗り遅れる客もいるんじゃないか、などと思ったものでした(笑。
それ以来ですから、20年ぶりぐらいの再訪となりました。

1階が売店と食堂、2階が温泉施設になっていて、涼みに出てきた入浴客の顔も、たまに見えました(笑。
裏手には、足湯もあります。
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プラットホームも残っていて、田舎の駅、そのままです
すぐ下を五ヶ瀬川が流れ、なかなかの風景・・・・。
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TRで走っていた列車も展示されていましたが、
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こちらは現在、宿泊施設「TRひのかげ列車の宿」になっていました。
「寝台列車」とは、一味も二味も違う「泊り心地」でしょうね。
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さて、待望の昼食は、山菜ソバとなりました(笑。
あまりつなぎを使ってない風で、なかなか美味しかったです。
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相方はというと、メニューにうどんがあるのに何故かちゃんぽんを頼んでまして・・・・(笑。
少し味見させてもらいましたが、こちらも美味しかったです(笑。

売店には、地元の姫泉酒造の焼酎がずらりと並び・・・・。
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e0071319_19514388.jpg目に付いたのが、この「かるいの緒」。

「かるい」とは、斜面での作業を考慮して作られている竹製の背負い籠のことで、日之影町や高千穂町周辺地域で使用されていることで有名です。

隣に下げてある他のものとは材質が違い、どうも地元客向けの「実用品」、今でも現役で活躍していることをうかがわせました。



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# by syotikure | 2014-11-05 20:18 | 日向の食 | Trackback | Comments(2)

連休―2 ~ 「日向往還」沿いの石橋群 ~


「唐津くんち」の影響か、唐津周辺は宿泊先の空きが少なく、また往きとは違う道を通って帰るのに、
どの辺に泊まるのが便利か色々検討してみたところ、意外に熊本の八代辺りが観光地等近場になくて混まず、
帰るのにも比較的近いから良さそうだということで、その日のうちに高速で八代まで移動して市内のホテルで一泊・・・・。

翌日、特にどこへ行くあてもなかったので(笑、R3からR443へ右に入り、
道沿いの熟した柿などを眺めながらのんびり走ってると、「日向往還」R218に突き当り、
右折して美里町という町を抜けた辺りで、左手に大きな石橋が見えてきました。

江戸後期、弘化4年(1847年)架橋の、霊台橋(れいたいきょう)です。
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案内看板の説明や ウィキペディアの解説 によると、
「この場所は緑川本流の最大の難所(急流)で、木橋も架けられたが再三流失したことから、惣庄屋の篠原善兵衛が石橋の架橋を発案、
自らも出資して種山石工の卯助に建設を依頼し、卯助は兄弟の宇市、丈八、地元の大工・伴七と供に弘化3年(1846年)工事を開始、
参加した大工の数72人、地元住民の協力延べ43,967人にのぼり、翌年の弘化4年(1847年)当時としては
前例の無い大きさの石橋を完成させた。
梅雨と台風が来る季節を避けて造られた為、わずか6~7か月の工事期間であり、地元農民の協力で予定より早く工事が終わったことが、
中国の古典『孟子』の中の文王霊台建造の話に類似すると考えた篠原善兵衛は、この故事にあやかり『霊台橋』と名付けた」
ということです。

右側奥に見える鉄骨製の新霊台橋がかかるまでは、石橋の上に更に石垣を積んで道を平らにし、バスやトラックなども通っていたそうで、
当時の 種山石工 の技術の高さがうかがえます。
写真を撮ってる時は気付かなかったんですが(笑、手前にもう一つアーチがあって、川沿いを行き来するのに作られたもののようです。
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対岸からの眺め。
橋の横には、重厚で頑丈そうな二段の石組も見えます。
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案内看板によると、この美里町には全部で38の石橋があるということだったので、
特に予定もないことだし(笑、主だったものだけでも見て回ろうかということに・・・・。

次に向かったのがこちら、同じく江戸後期の文政12~13年(1829~30年)架橋の二俣橋です。
奥にアーチが見えるのが分かるでしょうか。
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2本の川の合流地点にL字型に並ぶ双子の橋で、形、大きさ、造りがほぼ同じというのは全国でも珍しいそうです。
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ちなみにこの橋、
「10月から翌年2月にかけて、午前11時半から正午くらいまでの約30分間『ハートマーク』が現れ、
2年前、静岡市のNPO法人が、プロポーズにふさわしい『恋人の聖地』に認定。カップルに人気のスポット」
だそうで。(朝日新聞デジタル版2013年11月18日
「ただし、名称は『フタマタ』ですが」
というオチまで付いてました(笑。
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嘉永2年(1849年)架橋の、大窪橋。
田畑の中に、こんもりとかかっていました。
橋のたもとには桜が立ち、春先の光景を想像させました・・・・。
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# by syotikure | 2014-11-04 21:26 | | Trackback | Comments(2)

連休―1 ~ 伊万里、唐津へ ~


この3連休、以前から、どっか行こうかね~という話が出ていて、同じエキサイトブログをされている 櫨ノ谷窯 さんが、
11/1~3に窯祭をされることを知り、久しぶりに夫婦で伊万里・唐津方面へ行くことに・・・・。

R218を西に登って高千穂経由で熊本県高森町へ抜け、植木ICから九州道に乗って途中SAで久留米ラーメンなど食べ(笑、
出発から約6時間後(笑、佐賀県伊万里市南波多町へ・・・・。
小雨がぱらつく生憎の天気でしたが、窯元祭のテンションには何の影響もなく・・・・(笑。
山間の田園地帯に、茅葺屋根が見えてきました・・・・。
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お茶やおにぎりを振る舞われ、ゆっくりと作品を見学・・・・。
絵唐津や斑釉、朝鮮唐津などが目につきました。
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今回手に入れた器です。
以前ネットで見かけていいな~と思っていた斑唐津のフリーカップ(焼酎お湯割り用カップ)と、朝鮮唐津のそば猪口。
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見込みにも、溶けた斑釉がたっぷり溜まっています。
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私的には、この2品で十分今回の遠征?の目的は果たせたんですが(笑、相方の方が、
私には何にもない、折角ここまで来たんだから他も回って(何が欲しいかは行ってみらんと判らんが)チャーハン皿は欲しい、
と言い出し・・・・(笑。
天候のせいで夕闇が迫りつつある感じでしたので(笑、どこか無かったかなと色々思い出したところ、
たしかそんなに離れてなかったな、と唐津の 隆太窯 へ向かい・・・・(笑。

中里隆氏が(磁器の山椒入れを)作陶されているお姿を、関西方面から来られたらしいオバちゃんお二人連れの肩越しに、
初めて拝見できました(笑。
高台を削られながら、合間オバチャン達のいろんな質問へ気さくに答えられていて、お仕事中なかなか話しかけづらい者にとっては、
有り難いことに(笑、お話をおうかがい出来る機会となりました(笑。
一方相方はというと、残念ながらチャーハン皿を見つけられなかったようで・・・・(笑。
とりあえず暗くなってきたし(笑、移動途中どっか寄るから、となんとか説得し・・・・(笑。

唐津市内から多久ICへ向かう道筋、10年ほど前ぐい呑みや湯呑を手に入れたことがある、
王天家(おおあめや)窯に立ち寄り・・・・。
そこで手に入れたのが、何故か(笑 斑唐津のご飯茶碗(一対)と、私は朝鮮唐津のフリーカップ・・・・。
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肝心のチャーハン皿は、またもや持ち越しとなったようで・・・・(笑。


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# by syotikure | 2014-11-03 19:29 | 唐津焼 | Trackback | Comments(0)

北九州行―2 ~ ボストン美術館浮世絵名品展 北斎 ~


小倉で1泊し、朝から向かった先は、北九州市小倉北区にあるリバーウォーク北九州
ショッピングモールから映画館、結婚式場、NHK北九州放送局、朝日新聞、郵便局、北九州芸術劇場、北九州市立美術館分館、
大学まである大型複合商業施設です。
下の写真は、リバーウォークの5階から眺めた小倉の街並み・・・・。
このリバーウォーク周辺はスッキリとした街並みが続き、私が以前持っていた、かすかに硝煙の匂い漂う「北九州、小倉!」の
イメージとはかなり違いました(笑。
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今回リバーウォークを訪れた目的は、こちら「ボストン美術館浮世絵名品展 北斎」。
最終日とあって大賑わい、ちょっと喧しいぐらいでした(笑。
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有名な「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」、「同 凱風快晴」(通称「赤富士」)の構図の迫力、
この時代に使われ始めた「青」の見事さをはじめ、
「同 江戸日本橋」に見える江戸の町の繁栄ぶり、
「同 駿州江尻」の道行く旅人達の一瞬と泰然自若の富士との対比、
「同 遠江山中」に見えるこの時代の木挽きの卓越した技術、
琳派の手法を取り入れた「諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧」、
ポスターにも使われている風にたなびく「芥子」の見事さ、
「百物語 こはだ小平二」の表現力と造詣の深さ、
「柳に烏図」の描写力とリズム感等々、目移りするほど見所満載で、
色抜けや飛びを防ぐ為に落とし気味の照明のせいもあって、目が痛くなるほどでした(笑。
以前から、北斎の作品に登場する人物の躍動感は凄いな~と思ってましたが、
今回、花鳥版画の素晴らしさにも気付かされました。

また、法大教授・田中優子先生の著書で、「更紗」や「嶋」(縞)、「唐桟」等の柄が、
江戸時代に外国(主にインドやヨーロッパ)から輸入されて流行し、後に国産化され定着した歴史を知り、
登場人物が多くなるほど多種多様に、呆れるほど(笑 きめ細やかに刷られた着物の柄も楽しめました。

江戸の町人文化の「見事さ」「洒脱さ」「豊饒さ」「贅沢さ」に、どっぷりと浸かることの出来た3時間でした。

近代に入って、「野蛮人」や西洋式「権威」主義者達によって一時は見下されたものの、
価値の判る「外人」によって評価され、国内でも慌てて再評価された(笑 江戸期の町人文化って、
他にもまだまだあるのかもしれません。


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# by syotikure | 2014-09-02 22:43 | | Trackback | Comments(0)