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G・W ~ 若山牧水生家 ~

「百済の里」の帰り道、日向市東郷町坪谷のR446沿いにある若山牧水の生家に立ち寄りました。
家業は医者だったそうで、質素ながらしっかりとした造りに見えました。



「白鳥はかなしからずや空の青 
     海の青にも染まずただよふ」


牧水の代表的な歌です。
若山牧水のHP によると、青春の孤独と悲哀を美しい調べで歌っている、という点では鑑賞者の意見が一致するところらしいですが、「白鳥」が空を漂っているのか、海に浮かんでいるのか、1羽なのか2、3羽なのか、などで意見が分かれ、「数羽いた方が牧水らしい」という見方があるのも面白いところです。


「お隣の寅おぢやんに物申す 
     永く永く生きてお酒飲みませうよ」


この写真には写ってませんが、この土間の左側にこの歌が貼ってあって、解説に
「帰郷する度に幼少の時から可愛がってくれた寅おぢやんを訪ね、酒を酌み交わすのが牧水の楽しみだった。
大正13年、父の13回忌に帰郷した牧水を待っていたのは連日の大歓迎。そんな中、滞在最終日の出発直前になって漸く逢えた牧水と寅おぢやんはここの土間に立ったままで酒を酌み交わし別れを惜しんだと言う。
2人にとってこれが永久の別れになった。」
とありました。
牧水の人となりが見えてきます。
焼酎だったのか日本酒だったのかも、気になるところで・・・・(笑。


「ふるさとの尾鈴のやまのかなしさよ 
     秋もかすみのたなびきてをり」


この歌碑は生家の裏山にあり、「台風により山の中腹から落ちて現在の場所に座ったという大岩。牧水が触れた自然石に直接刻まれており、形状、由来とも他に類を見ない」そうです。
横にあった解説には、「代表的な歌で歌集『みなかみ』に収められている。明治45年夏、父危篤の報で帰郷するが家庭の事情で東京へ帰れなかった。苦悩の日々で、裏山にのぼり尾鈴の連峰を眺めながら心のかなしみを詠んだ歌である」とありました。

昭和22年(1947年)に建立され、風雪にさらされて字が読みづらいところもありましたが、これはこれで一つの景色のように思えました。


道向かいを、耳川の支流・坪谷川が流れ・・・・。

牧水が育った故郷らしいように思えました。


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# by syotikure | 2012-05-09 22:49 | | Trackback | Comments(2)
G・W ~ 百済の里 西の正倉院 ~

G・W、その後特に出かける予定もなく、ゆっくり終わりそうかなと思っていましたが(笑、双方の実家には顔出しとこうか、ということに・・・・・。
先に県北の嫁女の実家へ行くことにしましたが、最近義母があまり外出をしてないらしく、
どこかあまり負担にならない近場へ一緒に遊びに行こうか、という話になり・・・・。

一度実家を訪れ合流し、途中お昼を済ませて向かった先は、以前から一度は訪れたいと思っていた、
美郷(みさと)町(旧南郷村)神門(みかど)にある「百済(くだら)の里」です。

こちらが「西の正倉院」。
写真では何度か見たことがあって、まあ高床式の倉庫みたいな感じやろう、と正直ちょっと高をくくってたところもあったんですが、
実際に現物を目の当たりにすると、その大きさと迫力に驚かされました・・・・(笑。


建物自体のタテヨコの比率のせいか、写真ではこじんまりと見えてしまうのが不思議です(笑。

この「西の正倉院」、内部を非公開とされてきた奈良正倉院を完全復元し、計画から10ヶ年の歳月をかけて平成8年に完成したそうで、
HP「Photo Miyazaki 宮崎観光写真」の「西の正倉院」の紹介文によると
「西の正倉院の建設にあたってはこれまで門外不出とされていた宮内庁所管の正倉院図を元に、釘や金具、瓦や柱などの部材や瓦の葺き方、
部材には国有林の木曾檜を使用する等、全て原図を元に寸分の違いもなく忠実に再現されています。」
ということで、再建にあたった大工の数は延べ9,831人、間口33m、高さ13m、奥行き9.1m。木曽天然檜2,000本を使用、とありました。

入り口脇の2尺径の柱と、その下にある女性ものの靴との対比で、少しはこの大きさや質感が伝わるでしょうか・・・・。


館内の展示物の中で、特に印象に残ったものを、ちょっとご紹介・・・・。


こちらは、旧南郷村内で発掘された須恵器。

村内で3世紀後半と6世紀末~7世紀初めにかけての土器や土器片が約1500点ほど発掘され、神門神社の宝物庫にも須恵器の甕が伝世しているようです。村内に窯跡があったという話も残っているそうです。

元々の形がちょっと想像出来ず、何に使われていたのかも不明ですが、肩にかかった自然釉の光沢が印象的でした。


馬鐸。

伝世品なのでしょうか、非常に状態が良いように見えました。
サイズが大きく数も少ないということが、非常に意味深でした。


そしてこちらが真打、唐花六花鏡。

先のHP「Photo Miyazaki 宮崎観光写真」の「西の正倉院」から文章を引用しますと、
「昭和61年に、『奈良国立博物館に神門神社と記された銅鏡が展示されている』という情報が入る、そこで神門神社の銅鏡の調査が始まった。そして宝物の中に、正倉院にあるものと同じ伝世品の鏡『唐花六花鏡』があることがわかった。しかも、正倉院のものが出土品であるのに対して、神門神社の鏡は大切に保管されたものだった。
奈良・飛鳥とならぶ文化財(正倉院南倉に伝えられる奈良東大寺大仏殿の台座から出土した銅鏡と同一品の唐花六花鏡)がここ宮崎県美郷町南郷区に存在する」
ことから「西の正倉院」は計画された、とあります。

全ては、この鏡から始まった、ということですね。


百済の最後の都となった韓国の古都「扶餘(プヨ)」の王宮跡に建つ、(元)国立博物館の「客舎」をモデルに作られたという「百済の館」の前では、G・W用のイベントでしょうか、民族衣装に扮した人達が休憩中でした。


百済王の流浪伝説が残るこの美郷町南郷区神門には、同じく百済王伝説の残る木城町の比木神社近くを流れる小丸川の源流があり、また一山越えた約10km程北には、「神武天皇お船出伝説」由来の「日本海軍発祥の地」という碑文が建つ美々津港を河口に持つ耳川が流れていて、一見平凡な山間の村のようですが、非常に古代史への想像力がかき立てらる場所、と言っても過言ではないでしょう。

もう一度、古代史家・森浩一氏の著作を読み返してみたくなりました。



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# by syotikure | 2012-05-09 01:02 | | Trackback | Comments(2)
G・W ~ 金御岳散策 ~

日南でカツオ炙り重を堪能して、行きは三股町を通って県道33号線で来たので、帰りは国道222号線を通ってみることに・・・・。
途中、酒谷の「道の駅」に立ち寄りお土産でも買って帰ろうかと思っていたら、
さすがはG・W、駐車場が溢れんばかりだったので面倒臭くなってスル―・・・・(笑。

このまま帰るのはつまらん!と同乗者が愚図り始めたので(笑、前から一度は寄ってみたいと思っていた、
国道から近い金御岳(かねみだけ 472m)に登ってみることにしました・・・・。

こちらの金御岳、都城の夜景が一望できることや、渡り鳥の サシバ の飛来コースとして有名なんだそうです。


もう一つ有名なのがこれ、ハンググライダーやパラグライダーの滑空ポイント。

30度ぐらいでしょうか、結構な傾斜の滑空台が5、6mほど、断崖に向かって突き出していました。

ここから空に向かって飛び出していく人って、結構・・・・凄いなと思います・・・・(笑。


頂上展望台からのぞむ、都城盆地です。


この日は生憎の空模様でしたが、天気が良ければ霧島連山・高千穂峰を始め、桜島の噴煙まで眺めることが出来るようです。
こうやって観ると、都城盆地も広いですね~。大昔は、湖だったようです。


駐車場からここまで登るのに約10分程でしたが、一夜明けた今日は、ふくらはぎに結構キテました・・・・(笑。


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# by syotikure | 2012-04-30 21:01 | 自然 | Trackback | Comments(4)
G・W ~ 日南一本釣りかつお炙り重 ホテルシーズン日南編 ~

このG・W、特に予定もないまま2日目となり(笑、家でゴロゴロしてるのも何だからと、
昨春からちょっとご無沙汰していた 日南一本釣りカツオ炙り重 を食べに行こうか、ということになり・・・・。

HPを見ると、以前より加盟店が若干増えていて、今回は ホテルシーズン日南 を訪れてみました。

店に入ると、このポスターが目に入り・・・・。
G・Wいっぱいまで 宮崎初かつおフェア2012 というのが開催されているようで、「焼っ切り」の定義というものもあり、作り方が YouTube でも紹介されてました(左下参照)。


漁師町出身のうちの嫁女は、「一般で広く認識されているいわゆる『カツオのたたき』は、『たたき』ではなく『焼き切り』と呼ぶべきで、味噌なますのように包丁で何度も叩いて調理したものが『たたき』」というのが以前からの持論でして、この「焼っ切り」の定義はそれを裏付けているように見えます(笑。




ホテルシーズン日南の、カツオ炙り重です。
温かい飫肥天も、なかなかの美味で・・・・。


こちらは、マヨネーズベースのたれを漬けたもの。

ご飯が、どんどん進みます・・・・(笑。


一方こちらは、醤油ゴマだれに漬け込んだもの。

香ばしさとカツオの風味がマッチし、出汁茶漬けではこちらが好みでした。


こちらがその、出汁茶漬け。

最後はちょっと焼き過ぎて、レアではなくなってしまいましたが(笑、これはこれでなかなか・・・・(笑。


すっかり旬の味を堪能し満足して店を出たところ、うちの嫁女が熱心に何かを見ていたので、
何だろうと後ろから覗いてみると、壁にかけられた額の中に、原稿のようなものが・・・・。


池波正太郎氏の「鬼平犯科帳」第24巻「誘拐」第三章の、書き出し部分の生原稿でした。
ちょうど嫁女がこの巻を読み始めたばっかりだったようで、不思議な偶然もあるものだと・・・・。

満腹でしたので、何故ここにあるのかその由来をうかがうまでは気が回りませんでしたが(笑、いろんな意味で印象深いお昼となりました・・・・・。


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# by syotikure | 2012-04-29 19:17 | 日向の食 | Trackback | Comments(2)
母智丘夜桜

夜TVを見ていたら、四国・高知では桜が満開ということで、嫁女がどこからか貰ってきた「もちお桜まつり」のチラシがふと目に入り、
もうそろそろ地元の母智丘も見頃かな、と夜桜見物に行ってきました。

ライトアップは21時まで、とチラシにあって慌てて30分前ぐらいに家を出てきたんですが(笑、まだまだ人出は絶えない様子で・・・・。



陽の下で見る桜も好きですが、淡いピンクのさし加減でしょうか、灯に浮かぶ夜桜もなかなかいいもんです。

今日は、午前中の雨がいつの間にか上がり、昼ぐらいからいい天気でした。
冷たい風が吹いてちょっと寒かったですが、その風が雲を吹き飛ばしてくれたようで、桜の上には月が顔を出していました。


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# by syotikure | 2012-03-31 22:03 | 自然 | Trackback | Comments(2)


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